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第35話 多重塔道祖神 その1

2007年06月02日 00:00

第35話 多重塔道祖神 その1

第35話 多重塔道祖神 その1


 座間市には、はっきりわかる形のものだけで30を超える道祖神(どうそじん)の石造物(せきぞうぶつ)があり、どんど焼き(サイトバライ)などの行事も毎年行われています。今回はこの中から少し変わった道祖神を紹介します。道祖神のことはこの「まめこぞうの旅」第13話をご覧になって下さいね。

南栗原5丁目12番、目久尻川にかかる寒川橋(さむかわばし)の前に不思議な石の塔があります。座間市教育委員会発行の「座間の石造物 道祖神・庚申塔編」にはその形について「多重塔形」と書かれています。あたかも四重・三重の塔として作られたかのようですが、かなり古い時代の五輪塔(ごりんとう)と宝篋印塔(ほうきょういんとう)の一部を積み重ねたものであることはあきらかです。

流転の石造物

 この寒川橋のそばにもともとあった五輪塔などが目久尻川があふれたときに下流に流されてしまい、一部を失って塔を形作れなくなりました。このようなバラバラの石を石仏の専門家は「ごろ石」と言います。ごろ石は本来の意味(墓碑や供養塔)を失い、道祖神と呼ばれるようになりました。
このようにごろ石を道祖神と呼んで新たにまつるのはどこでも見られることで、道祖神は毎年小正月(こしょうがつ:1月15日ごろ)の前日にサイトバと呼ばれる共有地で火の中に放り込まれます。これをサイトバライ、セートバレエ、またはどんど焼きなどと言いますが、寒川橋でもサイトバライが行われていました。ごろ石は大きさ・形がサイトバライにちょうどいいいようです。

昭和8年(1933年)の5月、近くに家が建ったため火を扱えなくなり、ごろ石とともにサイトバを道路沿いに数十m北側へ移し、さらに文字ではっきり「道祖神」と彫った石塔も作りました。
 しかしこのあと近くで病人が多く出るという不思議な事件が起きたため、すぐにごろ石を元の場所に戻したのでした。

もとの場所には市内でも最高と言える基壇が作られ、ごろ石はその上に積み重ねられ、今でもお供え物などがよくしてあります。

ちなみに昭和8年に建てた石塔の方はその後のサイトバライのたびにすり減り、ついには割れてしまいました。そこで新しい白いものを昭和59年(1984年)に作り直し、この石塔の隣に並べて建てました。

 神社や墓、石仏などを勝手に移動するとこのようなたたりがあると全国で多くの人が信じていますし、市内にもそういう話がいくつもあります。また、石造物やお墓がひび割れたりかけたりしたまま放置しておくことも大変によくないことと言われています。
まめこぞうの母方の墓も東京大空襲で焼かれ、その熱で割れてしまったのですが、戦後落ち着いてから建て直しました。

ごろ石にせまる!

写真の右: 五輪塔の火輪(かりん:屋根のような形の部分)が3つ重なった上に宝篋印塔の相輪(そうりん:塔の先端部分)が乗っています。火輪のそりぐあいが3つとも違うので、これが1つの三重の塔として作られたのではないことがわかると思います。

写真の中央: 宝篋印塔の基礎に五輪塔の水輪(すいりん:丸い部分)と火輪が乗っています。

写真の左: 火輪だけが4つ重なっています。一番上のものだけ色が赤っぽく、一番下のものには四方に梵字(ぼんじ)が読み取れます。

五輪塔には上からキャ、カ、ラ、バ、アという5つの梵字が刻まれることが多いのですが、これは東西南北の方向によって微妙な違いがあります。(図参照)
ちなみにこの5文字は空、風、火、水、地の5つを表します。この5つが全ての物質を作る元素であるという考えがとても古い時代にはあったのです。
この寒川橋のごろ石で梵字を読みとることができるものは一つしかありません。東側の塔の一番下にある火輪です。この火輪は4つの面にラ、ラー、ラク、ランが刻まれていることがはっきりわかります。

ラー

ラク


ごろ石に多い形

 五輪塔、宝篋印塔ともバラバラになったらどの部分も同じ確率で残っていいはずなのに、寒川橋では火輪8個、水輪1個、相輪1個、基礎1個が残っています。これは明らかに火輪が残る確率の高さを示しています。
西中学校の横にあるごろ石は圧倒的に宝篋印塔の笠の部分が多く、次回紹介する乗馬クラブ近くのごろ石塔もほとんどが火輪です。
なぜか・・・?

おそらく直方体の部分は別の目的に使用するため、持ち去られたのでしょう。真四角だから使いやすいのです。笠や火輪は上下で大きさが異なるため再利用しにくいのでしょう。
また先端の空輪・風輪はつながって一つになっており、これをひもで縛ってサイトバライで火にくべることが最も多かったと言いますから、熱でぼろぼろになって残っていないのかもしれません。相輪も同様でしょう。


ちなみに丸い水輪に関して冗談かもしれませんが、「漬け物石にちょうど良い」と言っている人がいました。たしかに・・

それとも火輪だけを積むというのはサイトバライの「火」と関係があるのでしょうか・・
また水輪だけを積むのも火と正反対の「水」を重ねることに何かの意味があるのでしょうか・・

おまけ 参考写真

海老名市大谷、コジマのそばにある宝篋印塔

笠から上が無く、そこに小型宝篋印塔の基礎部が乗り、さらに五輪塔の水輪、空・風輪が乗っています
バの梵字も見えます。

何でもいいから乗せるというのはあまりにひどいような気がします

鎌倉の山奥にある「やぐら」といわれる横穴墓にある五輪塔
ラ、バの梵字がはっきり見えます

これまた鎌倉のあるお寺にある
水輪を積み上げた塔
てっぺんは空輪・風輪です
かなり大きいです

箱根にある「曽我兄弟の墓」といわれる五輪塔
最高にかっこいい!

まめこぞう

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